<自然から外れたアルケミスト>
  ある日、若い錬金術師が年老いた自然学者にこう問うた
 『どうすれば鉛を金に変えられるのか?』
  年老いた自然学者は思い耽るように考えた後、静かに口を開いた

 “水は問われて答えた 私は火の番をしていた
  火事で全てを失くさない様に 火の番をしていた”
 “火は問われて答えた 私は鉄を鍛えていた
  畑仕事に鍬が必要だから 鉄を鍛えていた”
 “鉄は問われて答えた 私は木を守っていた
  ヤギに新芽を食べられない様に 柵となって木を守っていた”
 “木は問われて答えた 私は水を蓄えていた
  大雨が降っても山が崩れない様に 水を蓄えていた”
 “最後に木はこう問うた
  お前は何もしていていない『役立たず』ではないか?”

 『何を言っているのか、分からない』
  若い錬金術師が激昂すると、年老いた自然学者は深い溜息を吐いた
 『誰が問うたのか、そして、誰が『役立たず』か、分かるまで悩みなさい』
  諭すように、年老いた自然学者は席を立った
 『答えが導き出された時、お前の問いは氷解する』
  それ以来、若い錬金術師は死を迎える直前まで悩んだ
  そして、死を目の前にした、その瞬間、答えと共に己を恥じた
 『あぁ、私は何と当たり前の事を、当たり前として受け止められなかったのだろうか』
  もはや年老いた錬金術師は目を閉じた
 『役立たずは『鉄』だった』
  呟くように声を出すと、孤独となった己がさびしい存在だと後悔した
 『自然の摂理に外れた事に気づかなかった私の生涯は、なんと惨めなのだろう』
  それを言い残すと、年老いた錬金術師は静かに息を引き取った